2019年2月3日

フランス流自然分類法のイギリスへの導入 Endersby, Imperial Nature, Ch. 6

Jim Endersby, Imperial Nature: Joseph Hooker and the Practices of Victorian Science (Chicago: University of Chicago Press, 2008), pp. 170–194.

第6章 落ち着かせること(Settling)

フッカーにとって1850年代は、自身の仕事や生活を落ち着かせる時期であった。それと同時に、フッカーは植物分類体系に関する混乱も落ち着かせようと試みていた。
リンネの分類体系(性の体系)はシンプルかつ客観的であり広く普及したが、本人も認めていたように、ごく一部の性質だけに基づいている点で人為的な体系であった。より自然な分類を目指す試みは、アダンソン、ド・ジュシュー、ド・カンドルによってフランスで発展し、自然分類として知られるようになった。

一方、イギリスではリンネの分類体系に対する支持が根強く、分類学者たちは植物の構造を研究することに熱心でなかった。大陸のほとんどでリンネの体系が捨て去られたあともこの傾向は続き、イギリスの植物学は遅れていると言われるようになっていった。植物学者のジョン・リンドリーなどはリンネの体系を激しく批判していたが、初学者には有用だという観点から擁護する声も強かった。

リンネの体系を批判する人々も、代わりにどのような体系を支持するかという点ではまったくまとまらなかった。自然分類を主張する主流派のなかでも、具体的な原理についての意見はバラバラであった。同一の人物でさえ時期によって意見が変わってしまい、リンドリーの本は以前の著作と内容があまりにも大きく異なっているとして批判された。1858年から62年までのあいだにはイギリスの植物相に関する本が3冊出版され、どれも自然分類を標榜していたが、ブリテン島に存在する植物種の数について、1708種、1571種、1285種と大きく異なった数を出した。こうした混乱は、リンネの体系を擁護する人々を利していた。

さらに、他の分類体系を主張する人々の存在が混乱に拍車をかけていた。ウィリアム・シャープ・マクリーが提唱した5つ組の分類は広く支持を集めていたし、他にもジョージ・ラックスフォードが提唱した7つ組の分類、エイドリアン・ハワースが提唱した二分法の分類、トーマス・バスカービルが提唱した球状の分類などがあった。こうした理論には典型的な特徴として、人為的な分類に対する批判や、植物間の類縁関係への注目があった。また、ローレンツ・オーケンをはじめとするドイツの自然哲学から大きな影響を受けている傾向があった(→参考:グールド『フラミンゴの微笑』第13章「五の法則」)。

以上のような議論の紛糾は、植物学は指導原理のない非哲学的な研究分野だという印象を広め、その地位を危うくしていた。植物に関心のある一般大衆にとっても、こうした状況は困惑のもととなっていた。また、本国での議論は、植民地のナチュラリストたちにも非常に強い影響を与えており、フッカーにとっては悩みの種であった。

フッカーには、なんとしてもリンネの体系を自然分類に置き換えたかった。というのも、リンネの体系が維持されている限りは、植物分類の研究はより信望のある植物分布や植物生理の研究から切り離されたままだからである。フッカーにとって自然分類は、分類の営みを植物学全体の真ん中に位置づけるための鍵であった。フッカーは自然分類とリンネ式分類の二つの検索表を併用することで、植民地の収集者たちをリンネ式から自然分類に移行させようとした。

同時にフッカーは、自然分類の複雑性を、自らと植民地の収集者たちのあいだに格差を維持するために用いていた。フッカーは自著のなかで分類の複雑性や難しさを強調し、自分には推論をする資格があるが収集者たちにはないということを暗黙裡に伝えようとしていた。これは特にスプリッターたちに対する警告であった。

動物分類の分野では、ヒュー・ストリックランドが分類を安定化させる役割を果たしていた。ストリックランドは、分類に関する議論の仕方を定めるのではなく、意見を言う資格がある人間が誰かを定めて、地方のナチュラリストたちを分類のプロセスから排除することで分類の混乱を収拾していた。フッカーとストリクッランドは、似たアプローチを用いていたといえる。

メモ:リンネ以降の植物分類体系の系譜
①【いわゆる人為分類】リンネ
②【いわゆる自然分類】アダンソン(仏)→ ド・ジュシュー(仏)→ ド・カンドル(スイス)→ ベンサム&フッカー(英)→ ベッシー(米)
③【いわゆる系統分類】(ダーウィン)→(ヘッケル)→ アイヒラー(独)→ エングラー(独)→ メルヒオール(独)の新エングラー体系